急性肝不全は希少疾患ですが,致死的な難病であり,その対策は国家的な課題になっています。この問題に取り組んできたのが日本急性肝不全研究会であり,日本肝臓学会,日本肝移植学会,厚生労働省の難治性疾患研究班と連携して,診断基準,肝移植適応指針の作成,治療法の標準化などに貢献してきたが,その歩みは5期に区分されます。
第1期:1977〜1981年
1977年に東京大学で井上昇,山崎善弥らによって,劇症肝炎の治療法としてホロファーバーと活性炭を組み合わせた人工肝補助装置が開発されました。同大学の第一内科と第二外科が協力して,その改良と普及を推進することになり,織田敏次教授,和田達男教授が代表世話人となって「日本急性肝不全治療懇話会」が発足しました。発起人は市田文弘,稲生綱政,太田和夫,太田康幸,奥田邦夫,亀田治男,神前五郎,葛西洋一,佐藤 博,高橋善弥太,平山千里の諸教授です。装置開発に関与した旭メディカルが事務局を担当し,学術集会を主催することになりました。第1回学術集会は1977年6月に東京で,「臨床肝補助装置の臨床応用について」を主題として開催され,その後は日本肝臓学会と日本人工臓器学会の総会翌日に年2回で実施されています。1979年7月に大阪で開催された第5回学術集会以降は「日本急性肝不全治療研究会」と改称し,以降は日本肝臓学会総会の翌日に年1回開催されるようになりました。主題は血液浄化療法以外に急性肝不全の診断,病態生理,死因,合併症,動物モデルなど多岐に亘り,第7回学術集会(1981年)からはグルカゴン・インスリン療法など人工肝補助以外の治療法も検討されるようになりました。
第2期:1982〜1989年
人工肝補助関連機器を生産,開発している企業が増加し,研究の偏りを防ぐために,1982年には研究会事務局を東京大学第一内科に移動しました。会則を作成して,年会費,参加費を徴収し,学術集会は年に1回,日本肝臓学会総会の前日ないし翌日に開催するようになった。第8回学術集会(1982年)からは,会告と抄録を雑誌「肝臓」に掲載していています。1981年に第12回犬山シンポジウムが「劇症肝炎の診断基準」を発表し,これに基づいて統一した疾患概念で議論されるようになったことが,この時期の学術集会で特記される。これがその後の血漿交換の普及に繋がり,劇症肝炎急性型の救命率は向上しました。また,第10回学術集会(1984年)では「acute-on-chronic」,第12回学術集会(1986年)では「亜急性肝炎」を主題として取り上げ,劇症肝炎の類縁疾患も研究対象に加えられるようになりました。
第3期:1990〜1996年
研究範囲の拡大に対応して,1990年には「日本急性肝不全研究会」と改称し,同年に開催された第16回学術集会からは特別講演,シンポジウムも実施するようになりました。この学術集会ではFrancavilla教授(Bali大学)を招聘し,その後は海外からの講演者を招くことが一般化しています。一方,経費増大に伴って,日本肝臓学会の附置研究会になり,運営経費の補助を受けることになりました。第18回学術集会(1992年)にはGores教授(Mayoクリニック),Krom教授(Mayoクリニック),Van Thiel教授(Pittsuburgh大学)を招聘し,「急性肝不全と肝移植」に関する特別講演が行われています。これが本研究会で肝移植を取り上げた最初の機会です。また,第21回学術集会(1995年)ではシンポジウム「劇症肝炎と肝移植適応」が行われ,これが1996年に発表した「劇症肝炎の肝移植ガイドライン」の完成に繋がりました。
第4期:1997〜2005年
日本肝臓学会における附置研究会の在り方見直しによって,1996年に本研究会は日本肝癌研究会とともに独立し,代表世話人に藤原研司教授(埼玉医科大学)が就任しました。会則も改編して,事務局を埼玉医科大学第三内科(現消化器内科・肝臓内科)に移しています。また,移植医療に関わる外科系世話人を拡充しました。第25回学術集会(1999年)は藤原研司教授が当番世話人を担当し,同じく当番世話人である第17回日本肝移植研究会と共催で2日間の日程で学術集会を開催しました。この時期における研究会は課題を⑴広汎肝壊死,肝再生不全の成立機序と対策,⑵術後肝不全,⑶肝性脳症,脳浮腫,⑷人工肝補助装置の開発,⑸肝移植医療などで,急性肝不全患者の予後向上を目指して,貴重な症例を1例ごと検証する学術集会の在り方が確立しました。
第5期:2006年以降
代表世話人が坪内博仁教授(鹿児島大学)に交代し,日本急性肝不全研究会は新たな時代を迎えました。厚生労働省省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班との連携が強化され,学術集会における肝移植の比重が増大しました。また,de novo B型劇症肝炎,肝炎以外の急性肝不全,非昏睡型症例の早期治療などの新たな課題が注目されるようになりました。急性肝不全の診断基準の確立,肝移植適応ガイドラインの見直しとスコアリングシステムの確立,データマイニングを利用した予後予測システムの確立,急性肝不全の成因分類作成,人工肝補助療法の標準化などに関して,厚生労働省研究班が立案した事項を検証するといった役割が明確になりました。
2016年以降は,私が代表世話人を担当させていただいております。急性肝不全のみならず,その類縁病態であるacute-on-chronic liver failure(ACLF)を積極的に取り上げるなど,本研究会の課題は広がっています。急性肝不全の診療では,肝臓専門医のみならず,掛かり付けの一般内科医,移植専門医との連携が重要で,診療連携の体制を地域ごとに確立する必要があります。また,肝不全の成立機序解明と再生医療の確立には,基礎領域の研究者とも連携していかなくてはなりません。日本急性肝不全研究会はこれらの課題を解決するために,わが国における中核として活動を続けています。これら課題に関心のある方に多数参加いただくとともに,関連領域の医療従事者,研究者のご協力を賜りますようお願い申し上げます。
持田 智埼玉医科大学消化器内科・肝臓内科